新潟地方裁判所 平成6年(ワ)593号 判決
呼称
原告
氏名又は名称
元旦ビューティ工業株式会社
住所又は居所
神奈川県藤沢市湘南台一丁目一番二一
代理人弁護士
鳥海哲郎
代理人弁護士
栗林勉
代理人弁護士
高谷知佐子
輔佐人弁理士
島田義勝
輔佐人弁理士
水谷安男
呼称
被告
氏名又は名称
渡辺工業株式会社
住所又は居所
新潟県新潟市新田二一九番地一
代理人弁護士
吉田耕二
輔佐人弁理士
牛木護
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、別紙目録一、二及び三記載の物品を製造し、販売し、使用してはならない。
二 被告は、その所有に係る前項の物品を廃棄せよ。
三 被告は、別紙目録四記載のカタログを頒布してはならない。
四 被告は原告に対し、一七〇八万三二〇二円及び、内一五万五六二五円に対する昭和六〇年一二月一日から、内二八万六八八七円六銭に対する昭和六一年五月一日から、内三万一五三六円に対する同年九月一日から、内三万二三九二円八〇銭に対する同年一〇月一日から、内二万八五〇〇円に対する同年一二月一日から、内六万六〇五〇円九四銭に対する昭和六二年二月一日から、内五三万八九六七円七〇銭に対する同年五月一日から、内二二万五九八一円六〇銭に対する同年七月一日から、内一九四四円に対する同年八月一日から、内二万八〇一三円七六銭に対する同年九月一日から、内八万六二七一円六六銭に対する同年一〇月一日から、内八万七一〇八円に対する同年一一月一日から、内一七万四一七九円八八銭に対する同年一二月一日から、内一万三三八八円五八銭に対する昭和六三年一月一日から、内六万三四四一円に対する同年二月一日から、内二一万三二四一円五六銭に対する同年三月一日から、内三三万六八五六円九八銭に対する同年四月一日から、内五〇〇六円七六銭に対する同年五月一日から、内三八万四五九〇円四銭に対する同年六月一日から、内二四万九三二八円三二銭に対する同年七月一日から、内四〇万二五七八円五二銭に対する同年八月一日から、内二万七六二二円八〇銭に対する同年九月一日から、内二万二三二〇円に対する同年一〇月一日から、内二一万一二〇〇円に対する同年一二月一日から、内三五万八二九一円二〇銭に対する平成元年一月一日から、内八五五〇に対する同年六月一日から、内八万七六一二円に対する同年八月一日から、内二万五〇九三円八〇銭に対する同年九月一日から、内二一万一一〇一円に対する同年一〇月一日から、内一八万四七〇九円四〇銭に対する同年一一月一日から、内一九万〇三三五円に対する同年一二月一日から、内一七万〇二六三円四四銭に対する平成二年一月一日から、内九万〇三一六円三八銭に対する同年三月一日から、内三四万〇四九七円三六銭に対する同年四月一日から、内一三五万五一四八円九六銭に対する同年六月一日から、内二八万五二一八円四〇銭に対する同年七月一日から、内一四万八三七七円に対する同年八月一日から、内一五万五八二八円一六銭に対する同年九月一日から、内二六万九七七五円六〇銭に対する同年一〇月一日から、内三三万七五九〇円に対する同年一一月一日から、内四七万四一〇六円八六銭に対する平成三年一月一日から、内三八万九三四〇円に対する同年二月一日から、内二七万一八一四円四〇銭に対する同年三月一日から、内八万六二八六円に対する同年五月一日から、内七九万二〇〇〇円に対する同年七月一日から、内三万四三二〇円に対する同年八月一日から、内一〇万九四四〇円に対する同年九月一日から、内九万〇〇三〇円に対する同年一〇月一日から、内一八四万五一〇五円に対する同年一一月一日から、内二六万九三八八円に対する同年一二月一日から、内三五万二五〇〇円に対する平成四年三月一日から、内二一万八七六〇円に対する同年五月一日から、内九万一八七二円に対する同年六月一日から、内九万〇九〇〇円に対する同年七月一日から、内三八万〇七〇〇円に対する同年八月一日から、内一五万八四七二円に対する同年一一月一日から、内一九万六六四三円八二銭に対する同年一二月一日から、内五〇万六三五二円に対する平成五年一月一日から、内一五万七九五〇円に対する同年二月一日から、内四五万五八六一円七〇銭に対する同年三月一日から、内二六万五三九二円に対する同年四月一日から、内六万九三二四円に対する同年五月一日から、内四二万三七一一円に対する同年九月一日から、内二八万八三三八円四〇銭に対する同年一〇月一日から、内一九万九三三八円に対する同年一一月一日から、内八〇万一一三八円六銭に対する同年一二月一日から、内八万九四七〇円六八銭に対する平成六年一月一日から、内八万二九〇八円に対する同年二月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、被告物品(イ号、ロ号及びハ号物件)の製造・販売・使用行為が原告の有する意匠権を侵害するとして、▲1▼被告物品の製造・販売・使用の差止め、▲2▼被告物品の廃棄、▲3▼被告物品の掲載されたカタログの頒布差止め、▲4▼主位的には不法行為に基づく損害賠償請求権、予備的には不当利得返還請求権に基づき、昭和六〇年一一月一日から平成六年一月三一日までの間に原告が受けた損害(各月売上高に実施料率相当六パーセントを乗じた金額の合計額(円未満切捨))の賠償もしくは右額相当の不当利得の返還及び各月売上高に実施料率相当六パーセントを乗じた金額に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金(起算日は各工事施工月の翌月一日)の支払いを求めた事案である。
第三 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
一 本件意匠
原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という)の意匠権者である(甲一の1、2及び8、二、三六の1、2)。
意匠に係る物品 建築用板材
出願日 昭和五五年七月一日
登録日 昭和五八年四月一八日
登録番号 第六〇四〇七四号
登録意匠 別紙意匠公報のとおりの建築用板材の形状(以下「本意匠」という)
二 本件登録意匠の構成(甲四)
1 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部(棟側折曲部)と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部(軒側折曲部)とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
2 具体的態様(詳細は別紙各対比表本意匠欄のとおり)
(一) 面板部
面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2(正確には、傾斜部の長さではなく、平坦部の延長線を底辺とし、傾斜部を斜辺とした直角三角形における底辺の長さ。以下同様)の比率は約一対一・六である。
(二) 棟側成形部
棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から軒側に、斜度ほぼ六〇度で上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4Aにより三角山型の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて二つ折りに折り重ねた水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、折り重ねた下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7を有する。
(三) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて、への字状の差込み片10を形成し、その先端を上側に折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11を有する。
三 類似意匠の構成(甲一の6、二、乙一九。「」は本意匠と異なる形状を示す)
被告のイ号物件についての実用新案登録出願後の昭和六一年二月に原告は本意匠に加えて類似意匠登録の出願をし、平成七年七月二七日に類似5(以下「本件類似意匠」という)として登録された(その後、被告は本件類似意匠が、▲1▼その出願前に日本国内において頒布されていた刊行物の実開昭六〇ー一五五二二号公開実用新案公報に記載された意匠と類似し、意匠法一〇条一項の規定に違反して登録されたものであること及び▲2▼本件類似意匠は、本意匠に非類似な意匠であり、同条項に違反して登録されたものであることの二点を理由として、本件類似意匠登録を無効とすることを求めて特許庁に申立てをし、平成九年五月七日特許庁審判官によって▲1▼の理由により本件類似意匠登録は無効とすべきものと審決された。)
1 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
2 具体的態様(詳細は別紙対比表(2)のとおり)
(一) 面板部
面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対一・五」である。
(二) 棟側成形部
棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4AによりU字状の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、水平部6の先端を下側にU字状に折り返した折曲部7を有する(これは、本意匠に即して述べれば、折曲部を有しない二重の水平部のみを有するものである)。
(三) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「傾斜面8に平行に傾斜した」差込み片10を形成し、その先端を「下側に」折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11を有する。
(四) 本意匠との相違点
本件類似意匠は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状を有しない。
四 公知意匠(甲一〇の1、一五、乙一、一四の2、3)の構成
本件意匠出願日である昭和五五年七月一日より前の昭和四四年六月一三日出願、昭和四五年一二月一一日登録、昭和四六年三月四日発行の意匠公報(乙一四の2)に掲載された昭和四六年第三二五〇一七号の公知意匠(以下「公知意匠1」という)、本件意匠出願日より前の昭和四四年一〇月四日出願、昭和四七年六月一二日登録、昭和四七年九月二六日発行の意匠公報(乙一四の3)に掲載された昭和四七年第三五一七七八号の公知意匠(以下「公知意匠2」という)及び本件意匠出願日より前の昭和四七年三月一七日出願、昭和四八年発行の公開特許公報(甲一〇の1)に掲載された特開昭四八第九五〇二二号の第六図及び第七図の公知意匠(以下「公知意匠3」という)がある。
1 公知意匠1(「」は本意匠と異なる形状を示す)
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(3)のとおり)
(1) 面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対〇・七五」である。
(2) 棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から軒側に、斜度ほぼ六五度で上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から面板部1側に「斜度ほぼ七五度で」折り返して降下する立下り部4Aにより三角山型の凸状部5が形成されている。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に「水平部12」から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「水平に」差込み片10が形成されている。
(4) 本意匠との相違点
公知意匠1は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「立下り部4Aの下端から軒側に向けて二つ折りに折り重ねた水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、折り重ねた下側水平部6の先端を面板部1側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状及び軒側成形部3には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「差込み片10を形成し、その先端を上側に折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11」との形状を有しない。
2 公知意匠2(「」は本意匠と異なる形状を示す)
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(3)のとおり)
(1) 面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対〇・六六」である。
(2) 棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に「平坦部1Aと平行に水平部6を形成し、その先端側に水平部6から斜度ほぼ六〇度で上側に折り曲げられた立上り部4Bを有し、その先端から斜度ほぼ六〇度で折り返して降下する立下り部4Aにより三角山型の凸状部5」が形成されている。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に「水平部12」から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「水平に」差込み片10が形成されている。
(4) 本意匠との相違点
公知意匠2は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる「立下り部4Aの下端から軒側に向けて二つ折りに折り重ねた水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、折り重ねた下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状及び軒側成形部3には、本意匠の具体的態様として挙げられる「差込み片10を形成し、その先端を上側に折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11」との形状を有しない。
3 公知意匠3(「」は本意匠と異なる形状を示す)
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の「平坦部のみからなる」面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した「縦葺き」屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(3)のとおり)
(1) 面板部1は、「平坦部1Aのみから構成されている」。
(2) 棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から「下側に折り曲げられた立下り部4Aとその下端から上側に折り曲げられた立上り部4Bを経て、平坦部1Aと平行に水平部6を形成し、その先端を下側に折り返して水平部6と重ね合わせた折曲部7」が形成されている。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、平坦部1Aの先端側に「ほぼ八〇度の角度を持った傾斜部1Bの先端から水平部12を経てその端から」ほぼ一〇〇度の角度で降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「水平の」差込み片10を形成し、その先端を上側に二回折り返して差込み片10と「二つ折りに折り重ねた」折返部11を有する。
(4) 本意匠との相違点
右「」以外の相違点はない。
五 被告物品の構成
被告は、昭和五八年ころから別紙目録一記載の横葺き屋根板(アートライン)(以下「イ号物件」といい、その意匠を「イ号意匠」という)を、平成四年八月五日ころから同目録二記載の横葺き屋根板(アートライン)(以下「ロ号物件」といい、その意匠を「ロ号意匠」という)及び同目録三記載の横葺き屋根板(アートライン)(以下「ハ号物件」といい、その意匠を「ハ号意匠」という)を業として製造、販売、使用するとともに、イないし八号物件につき同目録四記載のカタログを頒布している。
1 イ号意匠の構成
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(1)のとおり)
(1) 面板部
面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対二・五」である。
(2) 棟側成形部
棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4AによりU字状の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、その先端を下側にU字状に折り返した折曲部7を有する。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「平坦部1Aにほぼ平行な」差込み片10を形成し、その先端を「下側に」折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11を有する。
(4) 本意匠との相違点
イ号意匠は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状を有しない。
2 ロ号意匠の構成
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(1)のとおり)
(1) 面板部
面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対二・三」である。
(2) 棟側成形部
棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4AによりU字状の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、その先端を下側にU字状に折り返した折曲部7を有する。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「平坦部1Aに平行な」差込み片10を形成し、その先端を上側に「折り曲げて」「段差部10Aを形成する差込み片10を下側にU字状に折り返した」折返部11を有する。
(4) 本意匠との相違点
ロ号物件の意匠は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状を有しない。
3 ハ号意匠の構成
(一) 基本構成(概括的態様)
a 横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と
b 面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と
c 棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部
とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材
(二) 具体的態様(詳細は別紙対比表(1)のとおり)
(1) 面板部
面板部1は、平坦部1Aと軒側に上向きに傾斜する傾斜部1Bとから構成され、その平坦部1Aの長さL1と傾斜部1Bの長さL2の比率は「約一対三・五」である。
(2) 棟側成形部
棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から、「垂直に」上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から軒側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4AによりU字状の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、その先端を下側にU字状に折り返した折曲部7を有する。
(3) 軒側成形部
軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて「平坦部1Aに平行な」差込み片10を形成し、その先端を上側に「折り曲げて」「段差部10Aを形成する差込み片10を下側にU字状に折り返した」折返部11を有する。
(4) 本意匠との相違点
ハ号意匠は、右「」の点で本意匠と形状が違うほか、棟側成形部2には、本意匠の具体的態様として挙げられる、「下側水平部6の先端を軒側に向けてU字状に折り返した折曲部7」との形状を有しない
第四 争点に対する判断
一 争点の概略(本意匠と被告物品の意匠の類否)
本意匠と被告物品の意匠(イ号意匠ないしハ号意匠)はその形状に前記認定のとおりの共通点及び相違点を有するが、被告物品の意匠は原告の本意匠の意匠権と類似する意匠として原告の意匠権を侵害するか。
二 本意匠と被告物品の意匠の類否
1 当事者の主張
(一) 原告の主張
本意匠の要部は立上り部4と鼻形をした水平部6及び折曲部7(以下「鼻形部」という)とによって形成される形状にあり、この要部は、看者をしてあたかも天狗の面を側面から見たようなユニークな印象を与えるものである。そして、この要部を中心として、機能美と天狗の面を思わせるようなユーモラスな美観とが一体となり、一つのまとまった意匠として成立している。
本意匠の看者である建築工事者等は、個々の板材が有する係止係合機能に関心を持ち、各屋根板を係止係合する部分である棟側成形部及び軒側成形部の形態に注目する。前者の形状が、立上り部4と鼻形部との組み合わせにより、いわば天狗の面を横から見たようなユニークな形状であるのに対し、後者の形状は、軒側成形部を包み込み係止しやすいように屈曲させた、比較的単純な形状にすぎないことから、立上り部4と鼻形部との組み合わせによる係合によってもたらされる機能及び要部が示すユニークな形状に着目するのであり、これらの点が本意匠に係る屋根板を購入する際の意思決定上重大な動機となる。
本意匠と被告物品の意匠の類否は、被告物品の構成が本意匠の要部と一致しているか否かで判断すべきである。
(二) 被告の主張
本件のような建築用板材については、類否判断の主体(看者)は、板金業者(屋根の取付工事業者)、設計者等の専門業者であるが、このような専門業者が関心を持ち、注目する箇所を考慮して意匠の要部が判断されなければならないところ、専門業者は、棟側成形部、軒側成形部及び吊子が組み合わさったときに、どのような使用形態で、各部の形態はどうなっているのか、或いは機能面ではどうかなどに関心を持ち、棟側成形部、軒側成形部及び吊子を組み合わせたときの形状に最も注目するものである。したがって、このような視点から本意匠の要部は判断されるべきである。本意匠において、面板部1及び軒側成形部はこの種の物品においてはありふれた基本的形状のものを組み合わせたものでしかないから、要部とはなりえず、また、顕著な印象、美感を発揮するはずはない。本意匠の棟側成形部の立上り部4と平坦部1Aとは六〇度の角度を持つが、冬季の積雪等の荷重は、軒側成形部の上から吊子を介して立上り部4の頭部にかかるので、右のように傾斜した棟側成形部であると容易に変形するため安定的に保持し得ない。このため、本意匠では、棟側成形部における下側水平部6(鼻形部の下側水平部)をもう一回折り返して折曲部7を形成し、この折曲部7において弾性力で積雪等の荷重を受けている。したがって、本意匠の傾斜した立上り部4においては、下側水平部6をもう一回折り返すことが必然となっているものであり、この立上り部4と折曲部7の両者の組み合わせこそが本意匠の棟側成形部の要部となっている。このような棟側成形部と対応する形状として、軒側成形部は、への字状の山形部として差込み片10を設け、棟側成形部の折曲部7の下側から差し込まれる軒側成形部の差込み片10とが垂直方向に押し付けられることによって両者が固定される形状になっているのである。
2 判断
(一) 要部
意匠とは、物品の形状、模様もしくは色彩又はこれらの結合であって、看者の視覚を通じて美感を起こさせるものをいう(意匠法二条)が、本意匠が物品の形状に関する意匠であり、本意匠に係る物品の看者が、一般大衆ではなく、屋根の設計者や工事施工者等の専門的な業者であることは当事者間に争いはない。そして、意匠の類否は、両意匠を全体的に観察し、意匠の要部を対比することによって判断すべきものであり、この点に当事者間に争いはないが、その前提としての本意匠の要部を把握するに際しては、公知意匠が存在する場合には、公知意匠を参酌し、公知意匠にない新規性のある部分で、かつ、看者である工事施工者等の専門的な業者が関心を持ち、注目すると認められる部分を要部と解すべきである。
前記認定のとおり、本件類似意匠は、既に審決によって無効とされたものであるから、本意匠の要部を把握するために本件類似意匠を参酌することはできない。また、審決の理由として挙げられているのは、出願前に日本国内において頒布されていた実開昭六〇ー一五五二二号公開実用新案公報に記載された意匠と類似し、意匠法一〇条一項の規定に違反して登録されたものであることのみであり、本件類似意匠が、本意匠に非類似な意匠であるとの判断は示されていないのであるから、本件類似意匠に被告物品の意匠が類似しているからといって当然に被告物品の意匠が本意匠と非類似であると判断することはできないのであって、本意匠と被告物品の意匠の類否の判断にあたって本件類似意匠を参酌することは無意味である。
そこで、前記各公知意匠と本意匠の異同を対比しながら、本意匠の要部がどの点かを検討する。
(1) 基本構成について
前記認定のとおり、本意匠の基本構成は、a横方向に連続する長尺の板材の棟側寄りの部分を平坦とした平坦部と平坦部から上向きに傾斜する傾斜部からなる面板部と、b面板部の両端部に相互に組み手構造をなす凸状の棟側成形部と、c棟側成形部を包み込む構造のコ字状の軒側成形部とをそれぞれ形成した横葺き屋根板としての建築用板材であり、それ自体は公知意匠1、2と全く同一であるから、本意匠の基本構成に新規性はなくこれを要部ということはできない。
(2) 棟側成形部の具体的態様について
前記認定のとおり、本意匠の棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から軒側に、斜度ほぼ六〇度で上側に折り曲げられた立上り部4とその上端から面板部1側に幅広い湾曲面を有して折り返し、ほぼ垂直に降下する立下り部4Aにより三角山型の凸状部5が形成され、さらに、立下り部4Aの下端から軒側に向けて二つ折りに重ねた水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、折り重ねた下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7を有する。平坦部1Aの先端から軒側に、斜度ほぼ六〇度で上側に折り曲げられた立上り部4を形成している点では公知意匠1と同一であるが、公知意匠1、2がいずれも鋭角の三角山型の凸状部5を形成しているのに対し、本意匠はU字状に近いゆるやかな三角山型の凸状部5を形成し、かつ、公知意匠1、2が有しない「立下り部4Aの下端から軒側に向けて二つ折りに折り重ねた水平部6を平坦部1Aと平行に形成し、折り重ねた下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した折曲部7」との形状を有し、右形状は公知意匠3とも全体的な印象を全く異にするものであって、新規性が認められる。
そして、本意匠に係る物品は建築用板材(屋根板)であり、その使用態様は、屋根の基礎(野地板)の上に、軒側から棟側に順次、下段の板材の棟側成形部に、上段の板材の軒側成形部を係止係合させて葺き上げていくものであり、右板材葺き上げにあたっては、右板材の係止係合部(棟側成形部及び軒側成形部)の形状が機能的に重要な意味を持つのであるから、これら係止係合部が、看者である工事施工者等の専門的な業者が関心を持ち、注目する部分であり、機能美を感じる部分であるとともに、特に、棟側成形部は、天狗の面を横から見たようなユニークで複雑な形状であることから、全体として看者の注意を惹く部分であると認められる。
したがって、棟側成形部の形状は全体として本意匠の要部となるとみるべきである。
なお、原告は、公知意匠3は縦葺き屋根板に属する意匠であり、本意匠は横葺き屋根板に属する意匠であって両意匠は用途及び機能を異にする物品であるから、本意匠の要部の判断に際し、公知意匠3を参酌すべきでない旨主張するが、縦葺きか横葺きかは葺いていく際の屋根板の方向の違いにすぎず、いずれも屋根板に関する意匠であり、その用途も屋根の基礎(野地板)の上に、軒側から棟側に順次、下段の板材の棟側成形部に、上段の板材の軒側成形部を係止係合させて葺き上げていくという点で全く同じなのであるから、原告の右主張を採用することはできない。
また、面板部は、公知意匠1、2と酷似しており、軒側成形部も、前記認定のとおり、本意匠の軒側成形部3は、傾斜部1Bの先端側に傾斜面8から垂直に降下する垂下部9を有し、この垂下部9の下側に面板部1側に向けて差込み片10を形成している点は公知意匠1、2の軒側成形部3と形状においてほぼ同一であり、本意匠は差込み片10の先端を上側に折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11を有する点で公知意匠1、2と異なるが、本意匠は差込み片10の先端を上側に折り返して差込み片10と重ね合わせて折返部11を有する点は公知意匠3と同一であり、本意匠の折返部11と公知意匠3の折返部11は、本意匠が一回折り返されているのに対し、公知意匠3は、二回折り返されている点で異なるが、このような形状の違いは棟側成形部に対応するかたちで創作されたためであり、創作は容易であり、また、本意匠の差込み片10は各公知意匠の差込み片10と異なり、直線状ではなく、への字状になっているが、この形状の違いも棟側成形部に対応するかたちで創作されたためであり、創作は容易であるといえる。
したがって、面板部及び軒側成形部が要部になるかはさておき、棟側軒側成形部が最重要要部ということになるので、まず、棟側成形部について本意匠と被告物品の意匠との類否を検討する。
(二) 本意匠と被告物品の意匠の類否
(1) イ号意匠
両意匠の間には、前記のとおり、その要部において、▲1▼本意匠は、棟側成形部2は、平坦部1Aの先端から軒側に、上側に折り曲げられた立上り部4が斜度ほぼ六〇度で折り曲げられているのに対し、イ号意匠は垂直に折り曲げられている点、▲2▼本意匠の棟側成形部は、「下側水平部6の先端を軒側に向けて下側にU字状に折り返した成形部7」との形状を有するが、イ号意匠はこのような形状を有しない点の二つの相違点が存在する。
そして、本意匠の棟側成形部は、機能美を感じる部分であるとともに、イ号意匠にはない、右▲1▼の斜度ほぼ六〇度の立上り部4及び▲2▼U字状に折り返した折曲部7との形状を有することによって、看者に天狗の面を横から見たようなユニークで複雑な印象を与えているのに対し、イ号意匠は全体としてすっきりした印象を与えるものであり、また、本件物品の看者は屋根の設計者や工事施工者等の専門的な業者であり、機能的に重要な係止係合部分の構造に右のような相違点があれば、美感は異なり、両者を混同することはないと認められる(公知意匠1と公知意匠2についても垂直な立ち上り部4及びその上端から軒側に水平部6を形成した形状の有無のみの違いによって意匠登録が認められている。)。
したがって、本意匠とイ号意匠は、その最重要要部において、視覚的な美感を異にするものであるから、面板部及び軒側成形部が要部であるか否かにかかわりなく、両意匠は類似しないというべきである。
(2) ロ号意匠及びハ号意匠
ロ号意匠及びハ号意匠もイ号意匠同様、その要部において、本意匠の有する斜度ほぼ六〇度の立上り部4及びU字状に折り返した折曲部7との形状を有しないのであるから、本意匠と類似しているとは認められないのは、(1)において判断したとおりである。
第五 結論
以上のとおりであるから、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく、理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田清 裁判官 野島香苗 裁判官 野島久美子)